残業しないで帰りたい!
「お疲れさまっしたー」
全員で頭を下げた時にはもう8時半になっていた。
誰かに話しかけられたような気もしたけれど、そんなことは捨て置いて、とにかく走って表に出た。
すぐにタクシーを捕まえて、彼女が言っていたホテルへ向かう。
チッ!また赤信号かよっ!
信号で引っかかる度にイライラする。
早く!早く信号変わってくれよ!
俺は早く行かないといけないんだ!
タクシーを飛び下りてホテルに入ってからも、明るくて広いロビーをとにかく走った。
光り輝くシャンデリア。足音を吸収してしまう絨毯。豪華な装飾品。
何もかもが高級感に満ちあふれているロビーを薄汚れたの背広姿の男が走ると、どうやら人目を引くらしい。
でも、そんなことを気にする余裕もなくエレベーターに飛び乗った。
最上階のレストランのデカいボタンを意味もなく連打する。
間に合うか?間に合ってくれ!
お願いだよ!頼むから、まだレストランにいてくれ!
ホテルの部屋に入ってしまったら、もう俺の手は届かない。
イヤだ!
絶対にイヤだ!
君に他の男の手が触れるなんて。考えただけで胸を掻きむしられるようだ。
そんなの、絶対に許せない!
どうしてこんなことにもっと早く気が付かなかったんだろう。本当は他の男になんて、絶対に渡したくなかったんだ。
友達のフリだなんて……。
俺は何をカッコつけていたんだろう。
エレベータが最上階に到着すると、開く扉をこじ開けるように走り出た。
レストランの入口には、清潔感のあるパリッとした黒い服を着た案内係の男が立っていた。俺を不審そうな目でジトッと見る。
「すみません。人を迎えに来たんです」
何かを聞かれる前にそう言って、ズカズカと中へ入った。
「お客様っ!」
案内係の男に声をかけられたが、無視して中に押し入った。
ベージュの落ち着いた空間には静かなピアノの音がさりげなく流れ、窓からはベイブリッジが見える。
見渡しても彼女の姿は見えない。
どこにいるっ?
キョロキョロと見回す。
どこにいるんだよっ!
……もう、ここにはいないのか?