残業しないで帰りたい!
あっ!!
いたっ!
白石さん……!
窓際の席に座っている彼女の小さな後ろ姿。
彼女の後ろ姿を目にしたと同時に足がそちらに向いた。
柔らかい絨毯を踏みしめて早足で近付く。
くそっ!
相手の男、ホントにけっこうなイケメンじゃねーかよ!
腹立つな。
もう、本能のままに動いていたと思う。
声もかけず、何の躊躇もなく、いきなり後ろから近付いて彼女の腕をグッと掴んだ。その細さに、強く掴みすぎたことを後悔する。
腕を掴まれた彼女はビクッとして、驚いて振り返った。
でも、俺を見上げたその瞳はフッと安堵して微笑んだように見えて、喉の奥を押されるような痛みを覚えた。
「帰るぞ!」
デートをいきなり邪魔しておいて、何の説明もなく「帰る」もなにもないんだけど、ぶっきらぼうにそう言って彼女の腕を引き上げた。
「お、おい!なんだよお前っ!」
まあ、そうだよね?
相手の男はわけがわからないだろうな。
「悪いけど、俺のだから。連れて帰らせてもらうよ」
「はあっ?俺の?お前、麻耶ちゃんの何なんだよっ!」
麻耶ちゃん?
名前なんかで呼んでんのか?
イラッとしつつも、俺が彼女の何かを聞かれると、正直困る。
……同期ですけど、何か文句ある?
「わ、私、帰るっ」
「……麻耶ちゃん?」
「ごめんなさいっ!……もう、会えない」
そう言うと彼女は俺の腕にまとわり付くように寄り添った。
自分に縋るような彼女の動きが愛おしくて、思わず手を握った。
「行くぞ」
「……うん」
そのまま握った手を引いて、早足でその場を後にした。
相手の男は悲惨だな。逆の立場だったらと思うとゾッとする。
でも、同情なんてしない。
逆に俺が間に合わなかったら、俺の方が惨めな立場になっていたはずだから。
さっき通り過ぎた案内係の湿っぽい視線を感じつつ、無視して横を通りすぎるとエレベーターホールに向かった。