残業しないで帰りたい!

入社した当初から、同期の中でも藤崎くんは特別扱いだった。

当然のように営業課に配属され、先輩たちからもそして社長からも格別に可愛がられていた。

当時、我が社では「ローラー作戦」という個人宅へ一軒一軒突撃する売り込みをやっていた。
小学校へ入学する児童の名簿を全て潰していくこの営業方法はとにかく人手が必要で、人手の足りない年度末は学生バイトを使うことがあった。

学生バイトなら売れても月に1件2件、社員なら5件といったところだろうか。
それなのに、学生バイトとして入った藤崎くんは、社員より多い10件の売り上げをいきなり出したらしい。
社員になってからはもっと売っていた。15とか20とか。

あんまり売り上げるから、入社当初は可愛がっていた先輩たちも藤崎くんを妬んだり恨んだりするようになった。

現営業本部長の越川さんもその一人だ。

藤崎くんは妬みや恨みが辛かったらしく、しばらく尖った雰囲気があったけれど、入社して1、2年すると方向転換をして、のんびりおっとり感を全面に出すようになった。
あえて、目立たないように、頼りなく見せようとしているみたいに。

藤崎くんはずっとそんなスタンスでやってきたのに、今さら藤崎くんを横浜に飛ばして積年の恨みを果たす越川本部長って……。男の妬みってほんとキモい。まあ、男も女もそう変わらないけど。

群を抜いて売る男。その割にのん気な雰囲気で、体育会系な我が社とは毛色の異なる頼りない喋り方。そして王子様みたいなあのルックス。

藤崎くんはギャップだらけのよくわからない男だった。

それにしても、あの見た目は反則だよね。

あんなに売り上げ出すのは、団地妻たちを誘惑しておかしな営業してるからじゃないか、なんて噂もあったけど、藤崎くんはそれを言われるのが面白くないらしく、いつもハッキリと否定していた。

私も最初はちょっと疑ってたけど、でもあの噂は嘘だと思う。だって、誰からの苦情もトラブルもなかったから。
< 44 / 259 >

この作品をシェア

pagetop