残業しないで帰りたい!

奥さんが亡くなって、彼はとても後悔した。
香奈ちゃんを産まなければ、前の奥さんは死ななかったんじゃないかって。

でも、そんなことを考えても始まらないから、彼は香奈ちゃんのことを大事に育てることにしたらしい。

香奈ちゃんにとっても、本当のお母さんは大事な存在なんだろうな。私のことを『お母さん』って呼びたくないくらい。

なんか、ちょっと悔しい。

「香奈ちゃんはお母さんのことが大好きなんだね?」

何度か会ってだいぶ仲良くなってから、私は香奈ちゃんにそう聞いた。でも、香奈ちゃんは少し困った顔をして首を傾げてしまった。

「あんまり、覚えていません」

お母さんのことを好き、なんて言ったら私に悪いと思ってるのかな?

「だって、私のことはお母さんって呼ばないんでしょ?」

自分で呼ばないでって言ったくせに、私もちょっと意地になってそんな質問をしてしまった。子どもに対して大人げないことを言った、とすぐ後悔にしたけれど、香奈ちゃんの答えは意外なものだった。

「えっと……、『お母さん』になると辛くて苦しそうだから、優香さんには『お母さん』にならないでほしいです」

あー、悪いことを聞いてしまった。

香奈ちゃんがさっき覚えていないと言ったのは嘘なんだ。香奈ちゃんはお母さんが苦しんでいる様子をきっと間近で見ていたんだろう。

そして、お母さんを苦しめているのは『お母さん』という立場だという結論に香奈ちゃんは至ったのかもしれない。

香奈ちゃんは私を苦しめたくないから『お母さん』にはならなくていいって言っているんだ。

正直、その気遣いを気持ち悪いと思った。
この子、どこまで本心でこんなことを言ってるんだろう。

子どもって怖い。どこまで本心なの?どこまで猫を被っているの?
アンタ、ちょっと怖いよ。

いつも自信がなさそうな香奈ちゃん。口癖のように「私なんて」とか「私なんか」とか言う。それって遠慮がちな子に見せる演出なの?

本当は、心の底ではどう思ってるの?

私って本当に猜疑心の塊だ。素直に信じるなんて、とてもじゃないけどできないよ。
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