残業しないで帰りたい!
そうやって一緒に暮らすようになって初めて、私は彼に妻子がいることを知った。
驚きと軽蔑と、私と一緒にいていいの?という気持ちが同時に押し寄せてきた。
でも、一緒にいていいの?なんて言葉、口には出せなかった。
そんなことを言ったら、家庭に戻ってしまう。そんなの、困る。だから、とてもじゃないけど言えなかった。
彼は「とっくに破綻しているし、当然離婚するつもり」なんて軽々しいことを言っていた。
でも、妻って夫の弱点をよくわかってる。
電話をかけてくるのはいつも4歳の息子。
電話がかかってくると、彼はいつもベランダに出るんだけれど、それでも声ってわずかな隙間から漏れ聞こえてきてしまう。
いや、じっと集中して聞こうとしてしまう。
4歳の子どものかん高い声はとても可愛くて、舌っ足らずで、その声を耳にするたびに辛くてたまらない気持ちになった。
もしも……。
子どもが無事に産まれていたら、あんな風に喋ったんだ。
私がちゃんと産んであげられていたら……。
あの時、走ったりしたからいけなかったの?
それとも、アイスを食べたりしたからいけなかったの?
だって、お腹に子どもがいるなんて知らなかった。
だから普通に走ったりアイスを食べたりしちゃった。
でも、私があんなことをしなかったら、産んであげられたのかもしれない……。
ごめんね……、本当にごめんね。
そんなことは流産の原因じゃないってお医者さんは言ってくれたけど、それでも後悔に打ちのめされて、毎日しくしく泣いて過ごした。
悲しくて悔しくて、いくら後悔して涙を流してもどうしようもなくて、子どもを容赦なく武器にして降り下ろす彼の奥さんが憎くてたまらなくて、私の心は真っ黒に焼けただれて、焦げた臭いが漂ってくるような気がした。