残業しないで帰りたい!
でも、残酷なくらい子どもの力って絶大だ。
急激に彼の気持ちが子どもの元に引き寄せられていくのを、私はひっそりと感じていた。
そして私の体もだいぶ回復して、新しい派遣先が決まった頃、彼は「帰る」と言い出した。
「妻のことはどうでもいいんだ。ただ、子どもがね……」
その言葉は五寸釘がドスッと胸に刺さったような鈍くて深い痛みを私に与えた。
私だって、妻の元に戻るかどうかなんて、どうだっていいんだよ!
子どもの元に戻るのが悔しいんだよ!
だって私は産めなかった。
それなのに、あなたは……。
あなたはそんな残酷な台詞を平気で吐くんだ?
こんな痛み……。
ノコギリで引かれるようなギリギリと骨に響く痛み。
憎い……憎いっ!
絶対に許せないっ!
どす黒い怨念が心の底から湧き上がるのを感じた。
でも、そんなものは心の奥にしまい込んで、私は静かに言った。
「仕方ないよね。子どもに罪はないもんね?」
「……ごめん」
「でも、これからも時々バーに行っていい?」
「俺は全然かまわない。待ってるよ」
そんな調子のいいことを言った彼は、解放された鳥のように羽ばたいて、自分の家庭に戻って行った。
それから私は、時々彼のバーに行くようになった。
彼に未練なんて全くない。
でも、彼が私を忘れないように。
彼が私に負わせた傷を、彼の罪を、絶対に忘れさせないように、私はバーに通った。
私って、案外粘着質なんだな。
もう1年以上、彼のバーに通ってる。
派遣先で知り合った今の彼と付き合い始めてからも、私は彼のバーに行った。
彼と目が合うと微笑む。
あなたの罪は消えないよって視線を送って。
私は恋愛上級者なんかじゃない。ただの怨みに取り憑かれた、真っ黒に焼け焦げた女だ。
今の彼は私がそんな女だってことは知らない。