形なき愛を血と称して。【狂愛エンド】
(四)
飲まず食わずで、人間が生きていける日数は一週間もないそうだ。
だとすれば、まだ僕が生きている現段階、あれから七日も経っていないということになる。
頭の片隅で思っていれば、首筋に吸い尽くマリーゴールドが現実に引き戻してくれる。
牙を失った彼女への食事として傷つけた皮膚は、未だに血が流れている。しきりに彼女の舌により、湿らせているせいだろう。
あれほど嫌がっていた食事も、ましてや、恥ずかしがって自分から足を開かなかった彼女が、今やこのありさま。僕の上に乗り、背中に傷をつけるほど夢中になって抱きついてくる。
「ひっ、あ、ふっ、ああっ」
いつの間にか、彼女は言葉を話さなくなった。口から出るのは絶叫に近しい喘ぎ声のみ。愛しているの返事がないのは少し寂しいけど、その喘ぎ一つ一つが僕を求めてくれている証なのだと思えば身震いするほど嬉しかった。
「もう何度目だろうねぇ」
飲まず食わずの自身が、こうも彼女を満足させられるほど底なしになれるのは、サキュバスの特性が生かされているのもあるのだろう。
淫魔と言うからには、彼女から分泌される液体が男の精力剤として機能しているのかもしれない。
「上からも、下からも、僕ので染めあがっていくねぇ」
僕に抱きつき、口から血を飲み干し、下では底なしを絞り尽くすこのありさまは、そうとしか言えない。
永遠と続きそうな思いでもあるが、自身の命までもが底なしであるとは思わない。
そろそろかと、つい先ほど出来上がった薬を彼女に見せる。
焦点の合わない瞳でも、与え続けられた快楽のもとを前にするなり、初めてプレゼントを貰った幼子のような声を上げていた。
「これが、最後だよ。君の牙と僕の血を混ぜ合わせた、最高の薬」
彼女が抜いた牙を無駄にはしない。
最後の最後に作ったこの薬の濃度は、今まで試したことがないほどの代物だ。
下手したら何らかの副作用があるかもしれないが。
「最後だからね。僕も、君ので満たされたいから」
小瓶の蓋を開け、彼女と分かち合う。
彼女の牙から精製された物が体に巡る。その思いだけでも、十分に至福だった。
「トトちゃん、愛しているよ」
何故だか、涙が出た。
薬のせいだ、きっと。
「これから先のことが、楽しみでならないよ」
飲まず食わずで、血も失い過ぎた人間の末路は容易に想像出来る。
そうして、人間の血を吸い続けて、僕より長生きするであろう彼女がどうなるかも。
「薬が切れたとき、君はどう泣いてくれるのだろうねぇ」
どれだけ悦楽に溺れようとも、時が経てば浮き上がる。暗い底から光を浴びた瞬間、君は何を思うのか。
想像した。
干からびた死体となる僕。その横には彼女。“全てを覚えている彼女”がいる。
絶望することだろう、悲痛に呑まれるだろう、自身を責め立てることだろう。
そうしてーー
「君は、僕を愛してくれている」
だからこそ。
「“先に行っているよ”」
僕が君のために死ぬことが出来るように、君もまた、それほど僕を思ってくれている。