鬼伐桃史譚 英桃

 もしかしたらもう二度と、この村には戻ってくることはできないかもしれない。この村の人びととは――南天(なんてん)や茜(せん)とも二度と会えないだろう。そう思っていた英桃の目前――そこに二つの影が見えた。その影は、幼い頃からずっと一緒だったから、もうすっかり見知っている。茜と南天だ。


 茜は膝や肘のあたりに刺し子やつぎはぎをして補強してある麻の着物に、南天は朱を主体とした小袖に袴。彼らの服装は普段となんら変わらない。ただいつもと違うのは、彼らの肩に背負っているものだった。

 それが何を示しているのかは、自分と同じようなその荷物を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


 よもや二人は母屋での母との会話を聞いていたのだろうか。なにせ彼らはお互い兄弟がおらず、それぞれが兄、弟のように思って過ごしてきた仲だ。当然、三人の屋敷は好き勝手に出入りしている。母との会話を盗み聞くのは有り得ることだ。


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