ウ・テ・ル・ス
 秋良は呆れたように真奈美を見つめると、今度は彼女を日用品売場へ引きずっていき、カセットコンロと鍋をカートに投げ込む。真奈美もこの際だからと、秋良の豪快な買い物に便乗して、切れていたラップとかトイレットペーパーとか、はたまた食器洗剤などをこっそりと投げ込んだ。当然カートは満杯。カートを押してレジに行こうとする秋良に、今度は真奈美が待ったを掛けた。
「これを忘れては、話しになりません。」
 真奈美は、味ポンとゴマだれを手に、にっこりと笑った。
 カートの買い物を、秋良がカードで清算すると、真奈美はホクホクしながらスーパーの袋に買い物を詰めた。はちきれんばかりに膨らんだスーパーの大袋が四つ。こんな大量な買い物なんて久しく経験していない。やっぱり買い物って楽しい。しかしその楽しさが、秋良と一緒に何かをするということからきているのだとは、認めたくはなかった。
「ひとつ持ってください。」
「なんで俺が…。」
 結局、パンパンに膨らんだスーパーの袋を両手に提げて、ふたりは肩を並べて家に歩き始める。どちらも黙ったままで、相手の息づかいを感じながらただ黙々と歩いた。秋良にしても、こうした真奈美との沈黙のひと時が案外心地よくて、仕事の話は出来るだけ最後にしたいと考えていた。やがて、ふたりは家の前にたどり着く。お互いが向かい合うと、真奈美は黙って秋良の言葉を待った。
「家族との食事も当分できなくなるな。」
 真奈美は、買い物の楽しさが徐々に薄れていくのを感じた。
「合格…ですか…。」
 秋良はスーパーの袋を真奈美に手渡した。
「明日中に宅配の仕事のけりを付けて荷物をまとめろ。すでに部屋の準備は出来ている。明日の夜に迎えの車をこさせるから、会社で会おう。契約はその時だ。」
 真奈美は覚悟を決めたかのようにひとつ息を吐くと、今度は悪戯っぽく笑って秋良に声をかけた。
「あれ、一緒に食べていかないんですか?しゃぶしゃぶ以外にも、おいしいご飯作るのに…。」
「たとえ餓死しても、お前が作った料理なんか食うもんか。」
 秋良はそう言い捨てて、大股で去っていく。真奈美は、秋良の姿が見えなくなるまで、その背を見守り続けた。
『絶対にあたしの作った料理を食わしてやるからね…。』
 真奈美と秋良の壮絶な闘いが、今火ぶたを切ったのだ。
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