ウ・テ・ル・ス
 真奈美が車のドアを開けて出ようとすると、秋良の口がほどけた。
「ちょっと待て。」
「はいっ?」
「スマートフォンを出せ。」
「なんで?」
「いいから、出せ。」
 真奈美はしぶしぶ自分のスマートフォンを秋良に渡した。彼は真奈美のスマートフォンに番号を入れて、どこかに電話をかけたようだった。すると、秋良の胸ポケットにあるスマートフォンが鳴った。
「いいか、ちょっとでも危なそうな奴を見かけたら、自分で何とかしないで、必ず連絡しろ。いいな。」
 そう言いながら秋良は、スマートフォンを投げ返した。
「行け。」
 スマートフォンを握りしめながら呆気にとられる真奈美を残して、秋良の車はタイヤをきしませて走り去って行った。

 真奈美は特別室のカウンターで待機しながら、ため息をひとつついた。先日秋良に送ってもらった時のことを思い出していたからだ。あの日で怒鳴られたのは2回目。私は、冷静な彼を瞬時に沸騰させる特別な才能があるのかもしれない。彼を怒らせる原因は、私にあるのか、私が話す内容にあるのか…。2回の経験をどう思い返しても、真奈美は怒鳴られた理由となる共通点が見いだせなかった。要するにあいつは私が嫌いだってことなのかしら、でも…。真奈美は自分のスマートフォンを取り出すと、あの日秋良が登録した電話番号を眺めた。嫌いな相手に自分の個人番号を教えるとは思えない。連絡したら本当に彼は飛んでくるのだろうか。真奈美は彼の番号を表示させたまま、発信ボタンの上に親指をのせた。試しに電話してみようかしら。
 その時突然特別室のドアが開いた。さすがの真奈美もそこから秋良が顔を見せた時は、正直驚いた。しかし、彼はひとりではなく、その後に続いてすぐに夫妻が入って来るのが解ると、真奈美も仕事モードに切り替わる。
 秋良は、夫妻に椅子を勧めた。どうも彼にとっては大切なお客様らしい。よく見れば、初老の夫には、かなり年の差がありそうな妻だ。ふたりの身なりから、かなりの富豪と予測できたが、脂ぎった夫と着飾った妻のカップリングは、およそ品という言葉からは遠い位置にいた。
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