凪の海
「1曲でいいんです。じいちゃんに、どうしてもギターの演奏を聴かせたいんです。」
 佑樹は、じいちゃんとのやり取りを汀怜奈に話した。汀怜奈は、意外な方向に進んでいく佑樹の話しに戸惑いながらも、次第に心が落ち着いてきて、言いようもない温かいものが満ちていく気分を味わった。
「また自分にギターを教えてください。もう、残された時間はそんなにないんです。」
 佑樹はそういって口を閉じ、真剣な眼差しで汀怜奈を見つめた。
 その目はとても澄んでいると汀怜奈は思った。相手がどう思うかを気にするのではなく、自分の思いを無警戒にそして素直に表した瞳である。そう、この瞳こそ佑樹なのである。
「わたしが女言葉を使っても、気にしませんか。」
「はい。」
 佑樹は即答した。透き通ったいい返事に、汀怜奈も心のわだかまりが溶けたような気がした。
「佑樹さんも…やっとギターがうまくなるんだ、という覚悟ができたみたいですね。」
 汀怜奈の言葉に、今度は佑樹の表情がゆるんだ。
「ありがとうございます。」
 頭を掻きながら汀怜奈に礼を言う佑樹。しかし、ふと何かを思い出したのか、あたりを見回しながら彼は言った。
「…ところで、うちの親父を見ませんでした?」
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