ドナリィンの恋
「メイドを集めて、あちこちを掃除して歩かれているのですよ。プールにでも入っておくつろぎ下さいと、何度申し上げてもお聞きにならず、バルコニーとか、トイレとか…。いくら坊っちゃまの大切なお客様だとしても、旦那様と奥様がご旅行でご不在の時に、こうあちこち触られては、私の立場がございません!」ジョンは思わず吹き出した。
「わかった。帰ったらよく言っておくよ。」
 ミス・マキらしいな。ジョンは受話器を置きながらつぶやく。ふと思い出し、デスクから写真を一枚取り出した。朝、麻貴から渡されたのだ。
『この写真を撮った場所を調べられるかしら。やってくれるなら、家の仕事を手伝うから…。』
 ジョンは麻貴の言葉を思い返しながら、ここに写っている男と麻貴の関係を思いあぐねた。仕方ない。彼はインターフォンを押して、部下を呼ぶように命じた。

 麻貴はパレスの大きな庭をチェックしているうちに、隅の一画に古ぼけた離れ家があることに気づいた。家の前に荒れた庭園のある小さな洋館は、人の訪れを拒んでいるようなたたずまいだ。、またこういうものを放っておけないのも麻貴の性格だ。錆びた庭門を開けて中に入る。さらに、洋館のドアノブを握ったが、鍵は掛っていないようだった。足を踏み入れると、キラキラひかるほこりの向こうに、壁に掛った立派な額装の画が見えた。背後に若い夫婦を従え、豪華な椅子に座る自信に満ちた初老の夫婦。その膝の上にはこどもがいる。どこかで見た顔だなと、しばらく考えるうちにそれがジョンであることに気づいた。
 周りを見渡すとそれぞれの家具や室内の空気が、朽ちているとは言わないが、かなり澱んでいる感じがする。オーク材でできたキャビネットの上に写真立てがあり、見ると、幸せそうな笑顔で寄り添う老夫婦が写っていた。ああ、あの絵と同じ老夫婦か。その時背後で物音がした。
「家主の許可もなく入ってくるとは、非常識にもほどがある!」見ると、車いすに座った老人が、眉間にしわを寄せてがなりたてていた。もとより麻貴にはタガログ語が分かるはずもないので
「こんにちは、おじいさん。これからこの部屋を掃除しますから、埃をかぶらないように外に居てくださいね。」とまったく取り合わない。
「わしは、誰とも話す気はない。この家から出ていけ!この無礼者!」
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