ドナリィンの恋
「いや、もっとシンプルに考えればいい。なにも難しい診断や治療に関する知識は必要ないんだ。近所のおばさん、おじさん、お嬢さんでいい。ドクターやナースが来てくれるまでの間、心肺蘇生法の方法、発熱時の対応、出血への初期対処、このどれかだけでも、身近に知っている人がいれば…。例えば、ミミが知っていたとしたら、マムはとっても安心だろう。」
「わかるけど…。でもどうやって育てるの。」
「今までやってきたことの延長線でいい。街の人を集めて講習会を開くんだ。ただし今度は、今までにはなかった三つのものが必要だけどね。」
「何?」
「地域行政に顔が利くオーガナイザー(主催者)、医学的裏付けと講習を助けてくれるメディカルアドバイザリースタッフ、そして街の人が来やすい講習会の会場設定だ。」
「うーん…。話を聞いてたら、何かドキドキしてきちゃった。そうしたら、手始めに何から始めたらいいの?」
 佑麻は話を止め、黙々とスパゲティをほおばる。
「だから、何からやったらいいの?」佑麻は、相変わらずスパゲティを食べ続ける。
「スパゲティ食べるのやめて、答えなさいよ!…まさかここまで私を興奮させておいて、この先はどうしていいかわからないなんて、言わないわよね!」

 麻貴は、パレスの中庭のベンチに座り込み、彼女の心に生じる切なさとプライドとの葛藤に必死に耐えていた。今は亡くなっているが、麻貴が大好きだった祖父と佑麻の祖父が同窓という縁があり、彼の家族とは古くからお付き合いを重ねてきた。幼稚園時代から今まで、彼と写っている写真がどれくらいあるだろう。おとなしい彼はよくクラスのわんぱくからいじめられた。それをいつも助けていたのは、麻貴だった。泣きじゃくる彼をおぶって、家まで連れて帰ったことさえある。そのせいか、幼い頃はいつも佑麻が麻貴の後を追ってきたものだ。それが、彼の身長が急に伸びだし、声変わりもしてくると、いつしか麻貴が佑麻を追うようになってしまった。彼女が行く高校や大学を決めた理由は、彼の存在以外の何ものでもない。それでいて、プライドの高い麻貴は、自分から告白しようと一度も思ったことが無い。
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