『私』だけを見て欲しい
「お前が、仕事も家事もきちんとやってるのは分かる。…でなけりゃ、あんな美味い弁当は作れない」

お昼のことを持ちだした。
今日のはよく出来た方。いつもはもっといい加減。

「あれは…特別よく出来て…」
「そんな筈ないだろう?あの卵焼き、味も形も良かったぞ?あれは作り慣れてる奴にしか、できないことだろ⁉︎ 」

ヘンな褒め方をする。
戸惑う私を見つめる彼が、こんな言葉をくれた。

「助けてもらう事は、自信を失くすような事じゃないだろ?違う何かがあって、だから失くなるんじゃないのか?」


『あるならなんでも言えよ…』

いつもの台詞を思い出す。
この人は、私の表面なんか見ていない。
いつだって、深い部分を引き出そうとする…。

……話せない事ばかりが思い浮かぶ。
離婚の原因も泰の反抗期も、自分に魅力がないことも…何もかも、押し黙る以外に術がない…。

「佐久田さん…俺は…」

マネージャーの声に泣き出しそうになる。
それに気づいた彼が、話すのを止めた。

「…もういい…今日は言わないでおく…」

…諦めた。
何かを言いかけて止めるなんて、この人にしては初めてだ。

ますます自信を失くす。
紙コップのコーヒーを握ったまま、静かに立ち上がった。

「売り場に戻ります…」

涙はすっかり乾いてる。
これ以上ここにいたら、違うことで泣きそう…

「その方がいいな…」

フロアを心配してたから、すぐに賛成された。
< 72 / 176 >

この作品をシェア

pagetop