いつかウェディングベル
「ずるいぞ、その気にさせて逃げるなんて。」
「あら、新婚旅行に連れてきてその気にさせて帰るのは誰?」
「仕事だから仕方ないだろ?」
「一時間くらい遅れても誰も文句言わないわよ。なのに、妻のキスより会社を選ぶの?」
そんな台詞を言われたら「一時間くらい遅れても大丈夫だよ」と言いたくなるだろう。
けれど、一時間の遅れで済めばいいけどそれも加奈子次第と言うことになる。
「透、あと二時間は私を幸せにしてくれなきゃ帰らないわよ。」
こんな小悪魔に惚れたのは何処のどいつだ?
自分でも信じられないほどに、仕事より妻と愛し合う時間を優先するなんて、人を愛することはこんなにも人を変えてしまうのだと思い知った瞬間だった。
そして、結局、二人で旅館を出たのはそれから3時間後のお昼を過ぎた頃だ。
そして、自宅へ戻ったのは夕方近くになろうとしていた頃だった。
自宅へ戻ると流石に親父達が何事かと玄関へと飛び出して来た。
お袋と家政婦の増田が出て来たのは理解できるが、何故親父までもこの時間帯に自宅に居るのかが俺には理解出来ない。
俺が不在の間は親父の仕事も増えていたはずなのに、それに、販促課では緊急事態発生との連絡を受けて帰宅したのに何故会社のトップに君臨する親父がここにいる?
「お帰りは明日の夜ではなかったんですか? 坊ちゃん、まさか、新婚旅行で夫婦喧嘩をなさったのではないですよね?! その時は坊ちゃんが折れなければなりませんよ。新妻を責めることをなさってはいけませんからね!」
やはり、予定より早い帰宅をしたものだから増田が勘違いをしているようだ。
「そうじゃないんだ。社からの呼び出しを受けたんだ。加奈子は疲れているだろうからゆっくりお休み。」
「ええ。分かったわ。今夜は帰りは遅くなるの?」
「多分ね。だけど必ず帰って来るよ。」
新婚早々、寂しい思いをさせてしまうが、緊急事態の内容を加奈子に明らかにすれば、きっと加奈子も社へ戻ると言い張るだろう。
まだ新婚の夢さめやらぬ時だからこそ幸せな余韻に浸っていて欲しいから今日は俺一人で会社へ行くよ。