いつかウェディングベル
折角の朝の抱擁が、あんなに気持ちが良くて何度も愛し合ったのだから、その余韻に浸っていたいのにそれすらも出来ないのか?
ああ、ほんとうに別居したい気分だよ。
「パパ!抱っこ!」
「芳樹は、最近重くなったな。食べ過ぎじゃないのか?」
「お前もその頃はどんどん大きくなったものだ。」
「芳樹みたいに?」
「もっとやんちゃで悪戯っ子だったな。芳樹はお利口さんだ。」
芳樹を抱っこしたと思ったら親父に芳樹を取られてしまった。取り返そうと手を伸ばしそうになったが、芳樹を見る親父の優しい瞳に俺は手を引っ込めた。
俺も小さい頃はああやって親父に抱かれていたんだろうなと思うと、まるで、昔の映像を見ている気分にさせられた。
俺にもこんな時期があったのだと思いながら親父にあやされる芳樹を見ていた。
こんな風に親父に遊んでもらった記憶がない俺としては今のこの光景に嫉妬しそうだ。
「透、ご飯よ。」
「あ、ああ。」
加奈子との生活も親父達のような歳になれば穏やかな夫婦になるのだろうかと、ふと思ってしまった。
そう言えば、俺が小さい頃はリビングには二人の結婚式の写真から家族一緒に写った写真を飾っていたのに、いつの間にか写真がなくなっている。
「なあ、親父。ここに置いてた写真はどうしたんだ?」
「これからはお前達家族の写真を飾りなさい。」
「俺達の?」
「これから先、ここの歴史を作るのはお前達だ。」
俺達の歴史?
そう言えば俺達の写真はなに一つ飾っていない。結婚式も芳樹が生まれたときの写真もない。
俺は芳樹が生まれたときの顔を知らない。加奈子がお腹を大きくして不格好な姿をしていたときも何も知らないんだ。
まだ、何一つとして俺達にはここに飾る歴史の証しが一つもない。
それが俺にはショックだった。
そんな俺に気付いた加奈子が俺の頭を抱きしめてくれた。
「これからたくさん歴史を作りましょう。」
俺は胸が苦しくなって今にも泣きそうになった。