いつかウェディングベル
「ねえ、透、これ持って帰りたいわ。」
加奈子が手にしたのはイルカのガラス細工だ。加奈子が好きそうなものだと思って旅先で買ったものだ。
「最初これを見て、あなたの婚約者がここに置いたのかって嫉妬したわ。」
「彼女はそんな女じゃなかったよ。それに、個人的に会いたいとは思えなかったからここには彼女の私物はないよ。」
親父に仕組まれて婚約した相手のことなど俺はすっかり忘れていた。
けれど、加奈子はそうではないようだ。
きっと、このマンションは俺と婚約者が過ごす為のものだと考えたのだろう。
だとしたらこのマンションで暮らしたいとは思わないはずだ。
「俺は、加奈子を忘れることが出来なかった。だから、彼女とは気にするようなことはなかったんだ。」
「透だって男なんだし、万が一彼女とそういう関係になったとしても婚約者が相手だから何も言えないわ。そこは理解しているつもりよ。」
理解しているという加奈子だが、その表情はとてもそうは思えないほどに辛そうな顔をしている。
俺は加奈子との幸せな暮らしに何もかも忘れていたが、加奈子はまだ当時のことを引きずっているようだ。
こんなマンションがあるから加奈子は余計な事を考えるんだ。
このマンションは婚約者と結婚に備えて購入したものではない。
だけど、きっと加奈子はこのマンションは婚約者だった彼女の為に用意したものだと誤解しているのだろう。
「このマンションは売ることにするよ。」
「売らなくてもいいのに」
「いや、必要ないだろ? 一人暮らしを満喫する為に購入したマンションなんだ。だけど、俺達にはもう家はあるんだ。ここは処分するよ。そして、処分したお金の使い道は加奈子に任せるよ。」
加奈子の不安材料は全て無くしたい。
少しでも加奈子が悲しむようなことがあれば俺は出来るだけそれを排除する。
俺は加奈子が笑顔でいるのが一番好きなんだ。
そして、加奈子の笑顔を見続けたいんだ。