いつかウェディングベル

トイレの方へと行ったが人がいる様には思えなかった。


女子トイレへ入る訳にもいかず、まさか、吉富も女子トイレへは近づけないだろう。


そうなるとこの居酒屋のどこかにあの二人はいるはずだ。


そう思って廊下を歩いて行くと、2階へ続く階段のあるスペースが休憩所も兼ねた広い空間となっていて、そこから人の声が聞こえて来た。


俺は、壁沿いに隠れる様に近づき誰がいるのかを確認した。


すると、そこには吉富と加奈子がいた。


俺は驚いてつい大声を出しそうになったが口を噤み様子をうかがった。


吉富と加奈子は休憩にここへ来たのか、それとも、吉富は加奈子を口説くために連れだしたのか。


どちらにしても俺のいない隙を狙って加奈子と二人だけになるのは許せない行為だ。



「そうか。分かった。随分、しつこくして悪かったと思うよ。でも、これで踏ん切りはついた。」


「ごめんなさい。あれだけお世話になっておきながら。本当にごめんなさい。」


「いや、俺が好きでやっていたことだ。本当は芳樹君の父親になりたくてそれが狙いだったんだけど。芳樹君も俺には懐かなかったし、田中にも迷惑だったよな。」


「とんでもない。あの頃、吉富さんの助けがなかったら今の私はいなかった。感謝してるのよ。」



加奈子と吉富の会話は俺には辛いものだった。


吉富は俺に捨てられた加奈子を助けた。


あの当時の加奈子を支えていたのは俺じゃない。吉富だ。



それを後悔しても遅すぎる。



「本当は、今頃、のこのこと父親面して出てきた専務に君たち母子を渡したくない気持ちが強いけど。でも、君が専務を選ぶのなら俺には何も言えないからね。」


「ごめんなさい」


「幸せにしてもらえよ」


「ありがとう。吉富さんが優しくしてくれたことは絶対に忘れないわ。」



俺にとっては恋敵だったかもしれないが、加奈子にとっては単なる会社の先輩でも友達でもなかった。


俺に捨てられた加奈子をずっと支え続けた男だったんだ。

< 316 / 369 >

この作品をシェア

pagetop