冷徹なカレは溺甘オオカミ
「ッい、印南くん、これ以上悪ふざけは……っ」

「ふざけては、ないですね」



即答されて、思わず顔を上げる。

上げてから、しまった、と思った。

じっとわたしを見下ろす、ネオンが映りこんだ印南くんの黒い瞳が綺麗で、目が逸らせなくなってしまったから。



「……っあ、」



彼の胸を押していた手をあっさり外されて、そのまま両手首をひとまとめに拘束される。

空いた彼の右手の指先が、簡単にわたしの顎を捕らえて上向かせた。



「柴咲さん」



印南くんの声には、何か特別な力でもあるのだろうか。

だって今、わたしはまるで魔法にでもかかってしまったみたいに、彼を見つめたまま動けずにいる。


彼が、顔を傾けた。長いまつ毛が、その目元に影を落とす。

それはあの夜、何度も見た光景だ。

忘れられないあの日。わたしが、印南くんに抱かれた日。


耳の奥で、どくんどくんと心臓が脈打つ音が聞こえる。

夜風は冷たいはずなのに、それも気にならないくらい身体が熱かった。



「、」



端整な、彼の顔が近づいてくる。

しっかりと意思を持って。きっと間違いなく、わたしのくちびるを狙って。


──……ああ、だめ、だめだ。

こんなのは、だめだ。

彼は、わたしのことを、すきなわけじゃない。

なのに、この場の雰囲気に流されて、こんな──……。
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