冷徹なカレは溺甘オオカミ
彼に掴まれている両手のこぶしを、ぎゅっと握りしめる。

渾身の力で振り払ったら、意外にも簡単に拘束は外れた。



「そっ、そこまで!!」



言いながら、くちびるが重なる数センチ手前というところで、自分の右手のひらを彼の口元に押しつける。

一瞬驚いたように印南くんは目を見開いて、だけどすぐにそれは、いつもの無表情へと形を変えた。



「……まさかの寸止めですか」



つぶやかれた声音は平坦ではあるけれど、どこか不満げだ。

わたしはつい大きな声を出してしまいそうなところをなんとかこらえ、印南くんの口元にあてた手はそのままに小声で抗議する。



「や、だって……ひ、ひと、まわりにたくさん人が!」

「ひとけがないところならいいんですか?」

「そ……っ」



うわああ、これじゃ前と同じだ……!

揚げ足を取るのが大変お得意らしい彼は、簡単にわたしを言い負かそうとする。

このまま言い合っていても、勝ち目はなさそうだ。とりあえずこの近すぎる距離をどうにかしなければと、わたしはキッと彼を睨みつけた。



「印南くん、とりあえずそこ、どいてくれる?」

「ええまあ、そんなこわい顔しなくてもどきますけど」



飄々とそんなことを言って、身体を離す印南くん。

あまりにあっさりしたその態度に、少しだけ拍子抜け。だけども『隙を見せてはいけない……!』という謎の緊張感にかられていたわたしは、再び自分の左隣りに落ちついた彼を強い眼差しで見上げた。
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