冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……『俺ばっかりが、柴咲さんのことをすきなんです』だって」

「……ッ、」

「まあ、相変わらずいつもの無表情だったけど。あんときはビビったわー。あの印南が、そんな健気なこと言うもんだから」



それは違う、と声に出して言いたかったのに、できなかった。

エレベーターが止まる。わたしの右後ろにいた男の人が降りて、今度は別の女性が乗ってくる。

その間にもわたしは、ただ自分のパンプスのつま先を見つめていることしかできなくて。


──違う。印南くんは別に、わたしのことなんてすきじゃない。

きっとそれも、演技をしただけ。“偽恋人”の関係をほんとっぽく見せるために、印南くんがリップサービスをしただけ。

ちゃんと、わかってる。それは彼の本心じゃないって、わかってる。


なのに──……なのに。

なんでわたし今、こんなにうれしくて、胸が苦しいの。



「いやぁでも、柴咲さんの方にもちゃんと好意ありそうでオッサン安心したわ~~……って、もしやさっきの実はテンパってます情報で、がっかりして印南の好感度下がった? 嫌いになった?」



矢継ぎ早に問いかけられ、ようやくわたしはハッとする。

見上げれば、『不安』という文字を顔に貼り付けたような矢野さんが、じっとわたしを見つめていた。

少し迷ってから、不自然にならない動作で、視線を逸らす。



「きらいには……なりません」



そっけないわたしのつぶやきに、それでも矢野さんは、「ならよかった~」と顔をほころばせた。



『アイツ、不意打ちとかアドリブとか、突然のアクシデントに実はめちゃくちゃ弱いんだって。だからなんでもすっごいキチッと段取り組んで計画的にやらないと、不安で仕方ないんだってさ』



……印南くんの、人間らしいところを知って。嫌いになんて、ならない。

だって、むしろ、……わたしは──……。
< 114 / 262 >

この作品をシェア

pagetop