冷徹なカレは溺甘オオカミ
廊下にしゃがみこんで本を胸に抱いたまま、冷や汗ダラダラで思いきり顔を背けているわたし。

めっっっちゃ、斜め上から視線感じるんですけど。

めっっっちゃ、印南くんわたしのこと見てるんですけど。


この一連の流れの間、まわりに人が通らなかったことが不幸中の幸いだ。

そしてとうとう、隣りから静かに声をかけられる。



「……柴咲さん」

「……はい」

「人の好みは、それぞれだと思うんです。『十人十色』という言葉もありますし、嗜好や性癖はそう簡単に変化するようなものでもないですから」

「は、はい……」



性癖ってアナタ……そんな簡単に、朝っぱらからなんてセリフを……。

ていうかわたし、なんで流されて敬語で返事しちゃってんの。

けど印南くんの淡々とした口調って、なんか、問答無用で思わず従ってしまいたくなるんだよな……。



「ですが御曹司という肩書きを持つ人間はこの日本で普通に生活していくうえでそうそう出会えるようなものでもないですし、さらにそこに『俺様』というスペックもつけるとなると一介のサラリーマンである我々が遭遇するのはなかなか難しいと──」

「ま、待った! 少し黙って印南くん!」



どこで息継ぎしてんだってくらい機械的に語られる彼の話を、右手のひらをつきつけてぶった斬る。

仕事っぷりもさることながら、意外ととても聞き分けがいいことにも定評がある印南くんは、わたしの言葉にぴたりと閉口した。


うん、いい子。まずはこれでよし。

で、ええっとええっと、とりあえず……。
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