冷徹なカレは溺甘オオカミ
テンションの高い会話を繰り広げている、右隣りの人妻と向かいの席のチャラ男は一旦放置して。


──どうしよう。このふたりには、印南くんとわたしは偽恋人ってこと、言った方がいいのだろうか。

黙ってても、いいかな。たぶん、どうせ、きっと……次にこうやって3人また集まる頃には、もうわたしと印南くん、普通の同僚に戻ってるだろうしな。


……ズキン。

自分で考えたことに痛んだ胸に気がついて、思わずぎゅっと胸元を握りしめる。


わたしは、おかしい。

あんな、始まりは“業務命令”だったのに。

自分の“先輩”という立場を利用した、無理やりなお願いだったのに。

それでもわたしの言葉を聞き入れてくれた印南くんに、今、自分でもわかってしまうほどに惹かれている。


だめだ。こんな気持ち、持ってちゃだめ。

なのにどうしても、彼に惹かれていってしまっている自分を、おさえきれない。

今日だって、外出からの帰り道、寒がっているわたしを気遣ってマフラーを貸してくれて……本当はすごく、うれしかった。

『うれしい』って、ちゃんと言葉にして、彼に伝えたかった。

それができなかったのは、ついいつものクセで見栄をはってしまったのと……自分が思ったことを素直に彼に伝え続けていたら、いつか何かの拍子に、生まれかけているこの感情も吐き出してしまいそうだから。


伝えては、いけない。今はまだ不完全なこの感情が、いつかもっと大きくて、確かなものになってしまったとして……そんなのはきっと、印南くんにとってはただ迷惑なだけだ。

だって、印南くんは……わたしが年上で、会社の先輩で、そして“かわいそう”だったから。だからやさしい彼は、きっとあの日わたしの無茶なお願いに、うなずいてくれたのだ。

だから、彼のやさしさに触れるたび──あまり変化がない端整な顔に、新しい表情を見つけるたび。

いちいち、胸を高鳴らせていちゃ、いけないんだ。
< 142 / 262 >

この作品をシェア

pagetop