冷徹なカレは溺甘オオカミ
どうしたって、わたしが彼に命令をくだせる立場という以外、親切にしてもらえる価値が見いだせない。

いつでも従順な彼が相手だと、なおさら、だ。



《そういえば柴咲さん、何か用事があって、俺に電話をかけてきたんですよね?》



思い出したように訊ねられ、とっさに言葉が浮かばず息が詰まった。


……どうしよう。本当のことなんて、言えるはずもないし。

ただ、声が聞きたくなったからって。そんなの、本物の恋人同士だけが、使っていいセリフだ。

少し迷った末、結局わたしは、便利なこの言葉を使う。



「別に、用事はなかったんだけど……なんと、なく」



どうかこれ以上つっこまれませんように、と願いながら、彼の返答を待つ。

一瞬の間の後、スピーカーから印南くんの声が届いた。



《……そうですか》



抑揚のないそのつぶやきに胸をなでおろしたのもつかの間、続けて彼が話す。



《そういえば、今日会社でも、柴咲さん同じこと言ってましたね。『なんとなく』って》

「……そうだっけ」



自分でもしっかり覚えているくせに、わたしはわざとすっとぼけた。

だって、印南くんの口からその話が出たと同時に──わたしにとっては都合がいい、梶谷の言った恥ずかしいセリフも、思い出しちゃったんだもん。



『たぶんおまえ、自分で思ってる以上に、彼氏に愛されてると思うよ』



……でもまあ、淡々とした相変わらずな印南くんの声を聞いていたら、やっぱりそんなのただの妄想なんだろうなって、思い直してるところだけどね。
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