冷徹なカレは溺甘オオカミ
あまり極端に、避けているわけではない。

少しだけ、前よりも距離を置くようにしているだけ。

だからひょっとすると彼は、このことに気づいていないかも。

もしもそうなら、都合がいい。

これはわたしの気持ちの問題だから、本音を言うと彼には気づいてもらいたくないのだ。

印南くんを嫌な気持ちにさせるために、していることではないのだから。



『じゃあとりあえず、家に着くまでは、このまま俺と通話しててください』

『……うん』



駅から家までの数分間の道のり、彼と電話をしたあの夜から休日を挟んで、そして迎えたおとといの月曜日。

会社で顔を合わせた印南くんは、やはりいつもの無表情と淡々とした話し方で。

それを目の当たりにしたとたん、わたしは少なからず、態度には出さないまでも心の中で落胆した。

そしてそんな自分に気がついて、驚きと同時にこわくなった。



『たぶんおまえ、自分で思ってる以上に、彼氏に愛されてると思うよ』



梶谷のあの嘘みたいな言葉を、自分でもびっくりするくらい間に受けて──……わたしはたぶん、無意識に、期待してしまっている。

そのことを自覚して、まずいと思った。


たぶんまだ、今なら引き返せる。

少しの努力で、この感情を、なかったことにできる。

結局わたしは、これ以上彼と関わって、この気持ちが決定的なものになってしまうのがこわいのだ。

ダメだったときのことを考えると、ポジティブな思考なんてなかなかできない。

こちらの気持ちに気づいた彼に『迷惑だ』と突き放されることを、わたしはどうしようもなく、おそれている。


そんなことになるくらいなら、ただの同僚のままでいたい。

ただ感情のままに人とぶつかる勇気を、わたしは持ち合わせていないから。


……いっそ、わたしの方から、“偽恋人”やめようって、言った方がいいのかな。まわりの人にも、別れたことにしようって。

でもそれじゃあ、まるでわたしが振ったみたいだ。それだと、印南くんの具合が悪い。どうにかして、彼の方から、この関係の解消を打診してくれないだろうか。


ああ、もう、わかんない。

わたし、恋愛経験値限りなくゼロなんだってば。駆け引きなんて、できるわけないんだってば。

元をたどれば自分が蒔いた種とはいえ、わたしはつい、頭を抱えたくなってしまうのだった。
< 155 / 262 >

この作品をシェア

pagetop