冷徹なカレは溺甘オオカミ
「──、」



大げさじゃなく、一瞬、まわりの喧騒が聞こえなくなった。

たった今十数メートル先に見えている光景から、目が離せない。


あの女の子が言っていた『ダイくん』とは、おそらく印南くんのことだったのだろう。

どうやら知り合いらしいふたりは、わたしの視線なんて気づきもせずに、何やら会話をしながら歩いていて。

隣りから印南くんを見上げる女の子は、ずっと笑顔。

対する彼は、いつも通りの無表情だけど……その中にどことなくやわらかさがあるような気がして、どくんと心臓が嫌な音をたてた。


──きっとあのふたりは、ただの知り合いじゃない。

それは今まで持っているかどうかも疑わしかった、わたしの“女のカン”というやつだった。


視線の先で、女の子が肩にかけていたトートバッグの中を探る。

そうして取り出したモノを右手の人差し指と親指でつまんで、印南くんに差し出した。

日差しを反射して、キラリと光ったそれ。

裸眼視力が両目とも1.5のわたしには、たしかに見えた。



「(……鍵?)」



女の子が差し出したそれは、銀色の、鍵だった。

印南くんはあっさりとその鍵を受け取り、グレーのコートのポケットにしまう。

その後もふたりはしばらく並んで歩き、女の子が再び印南くんの肩を叩いたかと思うと、片手を振りながら別の方向へと駆けて行った。

ひとりになった、印南くんの後ろ姿。だけど今は、先ほど決意したように、その背中へ声をかけようとは思えない。
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