冷徹なカレは溺甘オオカミ


◇ ◇ ◇


……これで、6回目。

これまではなかった、オフィスの質素なデスクの一角で存在感を放つ赤いバラを見ながら、密かにため息を吐く。

今回は初めて、朝の出勤時に郵便受けのこれを見つけた。

そのまま置き去りにするのもためらわれて、結局給湯室の食器棚から誰も使っていなさそうなコップを発掘し、バラを生けてデスクに置いている。


……どうしたもんかなあ、これ。ちょっと気味は悪いけど、だからといって、こんなことで警察沙汰っていうのも大げさな気がするし。

まあそもそも、このバラが確実にわたし宛てっていう証拠も、あるわけじゃないし……。



「──おはようございます、柴咲さん」
 


どっぷり思考の海に沈んでいたわたしは、背後から突然かけられた声にびくりと肩を震わせた。

声だけで、相手が誰かはわかってる。わかっていて、わたしは顔を合わせることもなく、ただ「おはよう」と小さく返した。

予想通り、左隣りにある椅子が引かれる。

そうして腰をおろした人物──印南くんの方はちらりとも見れずに、わたしは意味もなくマウスを操作してメールソフトを立ち上げた。

さっき確認したばかりの受信メールをまた読み直してみたりしながら、不意打ちの挨拶にうまく対応できなかった自分にひどく自己嫌悪してしまう。

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