冷徹なカレは溺甘オオカミ
「ば、ばかっ!」



とっさに口をついたのは、彼を罵る言葉だ。

だって、嘘にしては、とてつもなくタチが悪い。

そして万が一嘘じゃないとしても──婚約者がいる身で、それはものすごく不謹慎な発言だ。



「告白したのに、『ばか』って。ひどいな」

「こ、……って、なんで、だって印南くんには、鈴音さんが……っ」

「婚約者云々のあの話は、一部の事実を脚色してさらに歪曲して伝えたものなので。……まあ、平たく言うと嘘です」

「………はい??」



口元に笑みを浮かべたまま、彼は衝撃的な告白をした。

わたしはというとあまりのインパクトに、思わず気の抜けた声をもらす。



「たしかに鈴音は、俺の婚約者“でした”」



最後の部分を強調するように、印南くんはゆっくりとそう言った。



「でもそれは、俺が高校3年生のときにあっさり破談になったんですよ。だから今はまあ、ただの幼なじみですかね」

「え、だ、だって……」



彼の話を素直に受け入れることができず、わたしは自分の記憶をたどりながら、しどろもどろ言葉を紡ぐ。



「前に、印南くん……出勤してるとき鈴音さんから、家の鍵っぽいのもらって、」

「家の鍵? ……ああ、見てたんですか?」



鍵をもらった、という話を否定しないことには胸が痛んだけれど、こくりとうなずいた。

それでも彼はまったく動揺することもなく、平然とわたしの髪を撫でる。
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