冷徹なカレは溺甘オオカミ
驚いて、思わず顔を上げた。

……あのときにはもう惚れてたって、どういうこと?


わたしの前髪をさらりと梳いた印南くん──大智くんは、穏やかな声音で続ける。



「最初は、『綺麗な人だな』って思ってたんです。顔立ちはもちろんそうなんですけど、仕草とか、姿勢とか……でも一緒に仕事してるうち、その印象が少しずつ変わってきて」



記憶の中のわたしを懐かしむように、彼は目を細めた。



「普段はしゃんとしてるくせに、お土産のお菓子食べてるときはめちゃくちゃ緩んだ表情してたりとか。床に置いてるダンボールにつまずいてコケそうになってたりとか。そういうのを見つけるたび、『かわいい人だな』って思うようになっていったんです」

「そ、そんなの、見てたの……」



思いもよらない話を聞かされ、恥ずかしくてつい渋い顔になってしまう。

それを見た大智くんは、また小さく笑った。



「でもまあ、結局はそこ止まりで。気になってはいるけど、どうせ俺みたいな年下なんて相手にされないだろうと思って、本気で同僚から抜け出す気なんてなかったんですよね。噂のこともあって、当然恋人もいるんだと思ってたし」

「………」

「だけどあの日、その考えは変わりました」



……“あの日”?

疑問に満ちた視線を向ければ、彼はやわらかい表情で答えてくれる。



「飲み会で酔っ払った柊華さんを、タクシーで送っていった日。……柊華さんあの日の夕方、16階の自販機近くで、身を隠すようにしながら固まってたでしょう?」

「あ……」
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