冷徹なカレは溺甘オオカミ



4月。それまで勤めていた九条物産名古屋支店から本社への異動初日、俺は部長に引き連れられフロア内の同僚たちに挨拶をしていた。



「はじめまして、柴咲です。これからよろしく」



こちらを見上げながら美しく微笑んだそのひとに、俺は普段通りの無表情を返したと思う。



「名古屋支店から来た印南です。よろしくお願いします」



『綺麗な人だな』と、別に下心でもなんでもなくただ淡々とそう思った。

隣りの席の、柴咲さん。普通にサラリーマン生活をしているうえで、ちょっとなかなかお目にかかれないような美人だ。

その容姿と申告された名前に、俺の頭の中では少し前に聞いた話がふとよみがえる。



『いいか、印南。おまえが実は流されやすい性格なのをわかってるからこそ忠告するけど、本社の柴咲 柊華には食われないように気をつけろよ』



俺の送別会の席で酒に顔を赤らめつつそう凄んだのは、名古屋支店でお世話になった森野さんだ。

どうやら本社には、美人だけれど遊び人で金にがめつい女性社員がいるらしい。

あのときは酔っぱらいの戯言だと思って話半分に聞いていたけど、彼女を見てすぐにピンときた。


……なるほど、この人が件の“柴咲 柊華”。

たしかに、噂通りの素晴らしい容姿だ。遊ばれてるとわかっていても、一度くらいならむしろ進んでお相手願ってもいいかもしれない。
< 250 / 262 >

この作品をシェア

pagetop