冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……印南くん」

「はい」

「もしこのままきみの肩にゲロっちゃったりしたら、ごめんね」

「そうなったら柴咲さんにクリーニング代を請求するだけなので、それはそれで構いません」



えー、構わないんだ。

まったく動揺も見せずにそんなことを言うからおかしくて、つい「ふふっ」と笑みがもれた。



「おもしろいね、印南くん」

「そうですか」

「うん」



一応褒めたつもりなんだけど、やっぱり彼の表情は変わらない。

この無表情が崩れるのって、一体どんなときなんだろう。

うーん、……見てみたい、かも。


……あれ、でも、そういえば。

ふと頭の中にひとつの疑問が浮かんで、あまり深く考えずに、それを口にする。



「印南くんって、彼女は?」



脈絡のない質問にも関わらず、間を空けないまま彼は答えた。



「今はいません」



ほー。『今は』ってことは、過去にいたことはあるのね。

まあ、この歳になったら、それが多数派か。

わたしみたいな恋愛経験ナシのが、逆に天然記念物よねー。悲しいことに。


印南くんに彼女がいるなら、こうやってくっついてるのまずいかなって思ったんだけど……どうやら、その心配はいらないみたい。

そもそもただの同僚がこんな距離にいるのはおかしいってあたりは、酔いにかまけて気にしないことにする。


ふっと、印南くんが短く息を吐いた。



「柴咲さんは……彼氏、5人くらいいるんでしたっけ」



顔を前に向けたまま、別段興味もなさそうに言った彼。

そのセリフに、ぴくりと反応する。
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