冷徹なカレは溺甘オオカミ
そこで一瞬、沈黙が落ちた。

わたしがハッと我に返ったのと同時に、目の前の無表情くんが静かに首を縦に振る。



「わかりました」



…………。

『わかりました』って、アナタ……。


そうっと、印南くんの胸ぐらから両手を離す。

決して広いとは言えない車内、じりじり彼と距離をとったところで、タクシーが停車した。



「っあ、えっと、はい、お金!」



窓の外の景色を見てみれば、わたしが住むアパート近くにあるコンビニ。タクシーに乗り込んだ際、ドライバーさんに伝えた場所だ。

あわててお財布から五千円を取り出すと、印南くんに無理やり押しつける。



「柴咲さん」

「じゃあね! お疲れさま! おやすみなさい!」



さっさとタクシーを降りたわたしは、自動で閉まるのを待つことなく後部座席のドアを閉めた。

そのまま走り出したタクシーの後ろ姿を見送ったのち、顔を両手で覆ってうなだれる。



「あーもう……」



酔っ払った勢いで暴走した。しかも、相手は会社の後輩くんて。

肌寒い夜の空気の中、深く深く、ため息を吐いた。
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