冷徹なカレは溺甘オオカミ
彼を連れて来たのは、今日はまだ誰も足を踏み入れていないと思われる会議室。

コの字型にテーブルを並べてあるその部屋は、今はブラインドが締め切られていて薄暗い。

先に印南くんが入るよう促してから自分も室内に入り、中から鍵を閉めた。



「……柴咲さん、どうしたんですか?」



電気をつけることもなく、何も言わずに背を向けるわたしを不審に思ったのか、淡々と彼が訊ねる。

そこでようやく、印南くんを振り返った。



「印南くんは……『業務命令』なら、なんでもわたしの言うこと聞いてくれるんでしょう?」

「は、」



不意を突かれたように息を吐いた彼を見て、無意識に口元が緩んだ。

コツ、と1歩足を踏み出せば、何かを察知したのか印南くんが同じ分だけ後ずさる。

それを何度か繰り返すと、彼の背中が壁に当たった。



「、しば──」

「……だから、ねぇ、印南くん」



こんな、男の人を誘うためにわざと甘ったるくした声なんて、初めてだ。

ドキドキしながら、印南くんのネクタイに指先をすべらせる。



「これは、業務命令なの」



無言のままわたしを見下ろす、彼の表情はこんなときでも変わらない。

ゆっくりとまばたきをしたその瞳を見て、3日前の金曜日と同じく『意外とまつ毛長いなあ』なんて思う。
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