冷徹なカレは溺甘オオカミ
──そしてわたしは、“業務命令”をくだした。



「……印南くん、わたしの──……バージンもらいやがれコノヤロウ」

「……………」



盛大な沈黙。

その後で彼は、まっすぐにわたしと視線を合わせたまま口を開いた。



「すみません、俺、どうやら尋常じゃない熱があるようなので、今すぐ早退します」

「逃がすか印南」



ぎりりと彼のネクタイを掴む手に力を込める。

印南くんがわたしと距離をとろうとして、壁にごりごり頭をぶつけてしまっている。



「柴咲さん、まだ酔ってるんですか? すごい持久力ですね」

「酔いなんてとっくに醒めてるわ。休み中二日酔いで苦しんだっての」



そう、その二日酔いに苦しみながら、同時に激しい後悔にも苛まれた。



『愛人ってなに! キープってなに! こちとら生まれてこの方28年間彼氏なんてものいないっつーーの!!』


『再来月29歳になるけど、いまだに経験ナシの処女だっつーーの!!』



酒に酔った勢いとはいえ、なぜあんなことを言ってしまったのか……!

なぜ、姉と弟しか知らないアラサーバージンという事実を、会社の後輩という微妙なポジション(しかも男)に教えてしまったのか……!

しかもしかも、普段の自分のキャラを忘れて、なぜあんなふうにくっついて甘えてしまったのか…!!

ナゾ!! あのときのわたし、謎すぎる!
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