冷徹なカレは溺甘オオカミ
仕事かよ!なこの文面、プライベートなやり取りとしてはいかがなものか。

まあ、印南くんからすれば仕事なんだもんね、あの約束。なんてったって“業務命令”だもの。

メールの件名から察するに、わたしのバージンをもらう、という行動は、どうやら印南くんにとって“時間外業務”という位置づけらしい。

……いいけどさ、別に。今さら初体験に対して、夢とか抱いてるわけでもないし。

むしろ処女っていう事実が重たいくらいだから、今回みたいな行動に出たわけだし。

相手がすきな人じゃなくても、よっぽど変な人じゃなきゃいいんだもん。そもそもすきな人なんていないしさ。


……印南くん、やさしくしてくれるかな。

きっと、やさしくしてくれるよね。だってわたしがそういうことするの初めてだって、知ってるわけなんだし。

ま、まさかそんな、アブノーマルなことを要求されたりとかは……。



「……うー」



小さくうなりながら、ぼすんとソファーに横になる。

いつも斜め分けにしている長い前髪が、ぱさりと顔にかかった。


……印南くんと、えっち、しちゃうのかあ。

したことないから、完全に未知の領域だけど……なんか、恥ずかしいこと、いっぱいするんだよね?

だ、大丈夫だろうか、わたし。今後彼と仕事上関わっていくうえで、平静でいられるだろうか。

なんだか熱くなってきてしまった頬を、両手のひらで覆う。


──やめよう、深く考えるのは!

だってきっと印南くんだって、深く考えないでオーケーしただけだもの。どうせ1度きりだし、しかも業務命令とか言ってるし仕方ないか~的な。

うん、たぶんそういうこと。だから、大丈夫、大丈夫。



「……よし、髪乾かそ!」



がばりと身体を起こして、そのまま立ち上がる。

ウェーブがかった髪をドライヤーで念入りにブローしながら、ドキドキ早鐘を打つ鼓動をなんとか抑えたのだった。
< 39 / 262 >

この作品をシェア

pagetop