冷徹なカレは溺甘オオカミ
「それじゃあ、今度こそ駅に行きましょうか」



内心感激しているわたしのことなんて露知らず、淡々とそう言った印南くん。

その言葉に、また緊張はしてしまったけど。ほろ酔い効果もあるのか、コーヒーショップのときよりもだいぶやわらいだ気持ちで、わたしはうなずいた。



「……うん」

「では柴咲さん、失礼します」



え?と思う間もなく、自分の右手を何かあたたかいものに包まれる。

それが印南くんの左手ということに気づいたわたしは、かっと頬を熱くした。



「え、なっ、なにを……っ」

「柴咲さん、いくらこれから処女をもらいに行くためだけにあなたの家にうかがうんだとしても、ムードというのは大事なんですよ」

「む、むーど……」

「道中でこうやって気分を高めてから挑むのとそうでないのとでは、モチベーションがまるで違います」



言いながら歩きだした彼に引っぱられるように、わたしも足を動かす。

めったにない“異性と手をつなぐ”というシチュエーションにくらくらしながら、必死に印南くんの言葉を理解しようとした。


そ、そうか。そうだよね、ムードは、大事だよね。

さすが印南くん、仕事がデキる男は違うな。イケメンだし、きっとこういうの、慣れてるんだろうな。


悶々とそんなことを考えているわたしの頭上から、低いけれど耳になじむ声が降ってくる。



「……ちなみに種明かしをしますと。今回実行場所を柴咲さんのお宅にしたのは、場合によっては柴咲さんが自分の家に帰るのもままならないくらい憔悴しきってしまうかもしれませんので、それに備えてこのようにさせていただきました」

「そ、それはどーも……」

「それから、……柴咲さんの家に行く前にあのお店を予約してたのは、単純に腹が減っては戦はできないと思ったのもありますけど」
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