冷徹なカレは溺甘オオカミ
足の動きは止めないまま、不意に彼が、隣りのわたしを見下ろしてきた。

ドキンと、胸が高鳴る。



「柴咲さん、緊張してるだろうと思ったから。だから、おいしいもの食べて少しでもリラックスできたらって」



思いました。


最後のひとことはなぜか前を向いてしまって、もしかしたらそれは、彼が照れ隠しにしたのかもしれなくて。

ただの想像だけど、それでもわたしは、心がほわりとあたたかくなる。



「印南くん」



名前を呼びながら、つないだ手に、少しだけ力を込めた。



「ありがとう、印南くん」



返ってきた「いいえ」ってセリフは、いつもの淡々とした口調だ。

でもなんだか、少しだけ違うふうに聞こえてしまったのは、ただの錯覚なのだろうか。

いつもよりもっとやわらかく、どこか甘く耳に響くのは、気のせいなのかな。


街灯に照らされて、わたしと印南くんのつながった影が長く伸びる。

駅に続く道を歩きながら、錯覚でも気のせいでも、『それでもいいや』と思えるくらい、今のわたしは彼に心を許してしまっていた。


きっと、ただ職場で顔を合わせるだけの同僚でしかなかったら、彼のこんな一面に気づけなかった。

……やさしいな、印南くん。
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