冷徹なカレは溺甘オオカミ
肩に添えられた彼の手が、そっとわたしを押す。

無理やりでも、力づくでもない。けれどもふにゃふにゃの骨抜きになったわたしの身体は、簡単に背中からベッドに沈む。

彼の首元にあったタオルが床に落ちたのを、視界の隅で見た気がした。


ようやく、深く合わさっていたくちびるが離れる。

ほとんど酸欠状態のわたしは彼から顔を逸らすようにして、ここぞとばかりに大きく呼吸を繰り返した。



「っは、はあ、」

「……最後に、聞きます」



ちょっとだけ息を乱した印南くんが、わたしの口の端についた唾液を親指で拭いながら、つぶやく。



「本当に、いいんですか?」



その言葉に、逸らしていた顔をあげた。

やっぱり、今の彼も無表情。いつも職場で見るものと変わらない。

変わらない、けど──それでも少しだけ、その瞳の奥で不安と欲望がせめぎあっているのを、垣間見た気がした。


……なんで、それを“うれしい”って、わたしは思ってるんだろう。



「……うん、いい」



うなずいて、右手を伸ばす。

彼の頬に触れながらささやいた次の言葉は、するりと、自然に口から出たものだった。



「印南くんなら、いい」

「──、」



瞬間、驚いたように目を見開いた彼の表情は、初めて見るもので。

とくんと胸がときめいたのと同時に、だけどすぐにそれは、元通りの能面へと戻ってしまう。
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