冷徹なカレは溺甘オオカミ
「なんか今柴咲さん、失礼なこと考えてません?」

「え。……そんなことないよ」



じっと見下ろされながら図星を指されて、つい視線が泳ぐ。

とっさに出た否定の言葉をやはり彼は疑っているのか、わたしに注ぐ無言の眼差しをやめようとはしない。


うう、なんなの印南くん、お父さんなうえエスパーなの?

無表情のまま黙って見下ろされたら、なんだか自白してしまいそうに……。



「ッ、」



不意に、前髪をさらりと撫でられて、思わず肩がはねた。

いまだわたしの頭の上にある、その手の持ち主なんてひとりしかいない。



「……印南くん?」



おそるおそる、目の前の端整な顔を見上げる。

疑問符をつけて名前を呼べば、普段彼がよくやる動作で小さく首をかしげて。



「いえ。たいしたことじゃないんですけど、」



言いながら印南くんの手のひらが、今度はわたしのひたいを隠すように、ふわりと当てられた。



「……前髪。おろしてるのも、似合いそうですね」



たぶん彼が何気なくつぶやいた、その口元に。

小さな笑みが浮かんでいるのを見つけたわたしは、瞠目して言葉を失う。



「、い……」

「では、俺はそろそろおいとまします。お邪魔しました」

「っあ、はい。気をつけて、ね」



拙いわたしの言葉にうなずき、「ありがとうございます」と彼が言った。 

パタン、とドアが閉まってすぐ、言われた通りに鍵とチェーンをかける。

その後で廊下の方から足音が聞こえてきたから、きっと印南くんは、わたしがきちんと戸締まりをしたかドアの前で立ち止まって確認していたのだろう。

やっぱり過保護、と思いながら、わたしは苦笑する。
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