冷徹なカレは溺甘オオカミ
いつ見ても地味な女子用制服に身を包み、社員証を首からさげる。

ロッカーについている鏡を見ながら長い髪をひとつにまとめれば、今日もちゃんと“美人な柴咲 柊華”を演じるためにきっちりメイクを施した顔が、鏡の中からこちらを見返した。

だけど、昨日までと違うのは──高校時代からいつも斜めに流していた前髪が今は眉毛にかかるくらいの長さに揃えられて、ひたいを隠しているということ。

見慣れないそれをひと撫でしてから、パタンとロッカーを閉じる。


……我ながら単純すぎだよなあ、わたし。

あの無表情印南くんがちょっと笑いながら『似合いそう』って言っただけで、まんまとその通り前髪を切るなんて。

けどなんか、印南くんにそう言われたら、じゃあやってみようかなって気になっちゃったんだもん。


……あ、でもこれ、変な風に捉えられちゃったりしたら、どうしよう。

別にそんなんじゃないのに、「俺の言ったことすぐ実行するなんて、まさか柴咲俺のことすきなんじゃね?」とか。

いやいやむしろ、「ただ気まぐれで言っただけなのに本気にして、柴咲バカだなー」とか。



「………」



ロッカーに向かい合ったまま自分以外誰もいない更衣室でぐるぐる考えて、うつむいていた顔をあげる。

……そういう人じゃないよね、印南くんは。

印南くんは、やさしい。やさしいから、わたしの無茶な言葉に付き合って、一緒に過ごしてくれたんだ。

この前髪は、ちょっとした気分転換。それ以上でもそれ以下でもないんだから、きっと印南くんだって、なんとも思わない。

わたしと彼は、これからも、ただの同僚だ。
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