冷徹なカレは溺甘オオカミ
◇ ◇ ◇
本当に、会社という狭い世界の中で噂が広まるのは早いものだなあと、つくづく思ってしまう。
わたしと印南くんが“偽恋人”になってから、10日ほど。
もうすっかり、社内ではその噂が定着しているようだ。
……と言っても、わたしたちの関係は以前と特に変わらない。今まで通り同じオフィスで仕事をして、普通に仕事の話をするだけだ。
「柴咲さん」
コピー機の前で資料作りをしていたわたしは、その声に振り返る。
見ればそこにいたのは、声で予想した通り印南くんで。
まわりにいた同僚たちからの視線を感じつつも、何の含みもない表情と声音で対応する。
「なに? 印南くん」
「ベスト物流の担当者から、メールがありました。タイヨーテクニカに明後日納入予定の富士倉庫で、原料の在庫が不足しているそうです」
「うーん、そっか」
納入先からのオーダーと出荷地での実際の在庫が噛み合わないことは、わりとよくあることだ。
ベスト物流というのは、九条物産が取り扱う樹脂原料の配送を委託している会社。さらにそこからベスト物流の担当者が、各納入先用の製品を保有している協力会社にオーダーを出して、製品が出荷される。
少し考えてから、わたしはまた印南くんへと目を向けた。