冷徹なカレは溺甘オオカミ
矢野さん、おいたわしや。最近ふとした瞬間にすっごく遠い目をするときがあるとは思っていたけれど、そんな事情があったのか。

というか矢野さんも、がっつりわたしと印南くんの噂鵜呑みにしてるのね。印南くん、他の人たちの前でわたしのことなんて話したりしてるんだろう……。



「──で、柴咲さん」



わたしを呼ぶ彼の声に、ハッとする。

隣りに顔を向ければ思いがけなくまっすぐ自分を射抜く視線とかち合って、少しだけ鼓動が速まった。



「そのディナークルーズ、今週の土曜日に予約してるそうなんです。つまりあさって、なんですけど」

「う、うん……」

「柴咲さん、一緒に行ってくれますか?」



いつだって無表情な印南くんがよくやってる、ちょっぴりかわいらしい仕草。小さく首をかしげながら、問われる。

即答できずに、わたしは視線を泳がせた。



「それは……ふたりで、ってこと、だよね?」

「もちろん」



彼はなんの迷いもなく言って、そのままじっとこちらを見下ろす。

どうやら、わたしの返答を待っているらしい。やはり視線を合わすことはできないまま、頭の中でいろいろなことを考える。


わたしたちは一応、この職場では恋人同士ってことになっている。

でも、それはあくまでわたしに関する黒い噂の鎮火を目的とした、偽物の関係なわけで。

だから会社の外でまで、わざわざ恋人がするようなことをしなくてもいいと思うんだけど……。
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