冷徹なカレは溺甘オオカミ
「傷心の矢野さんに、託されたんですよね。『俺が行けなかった分、おまえが楽しんできてくれ』って」

「………」



押し黙ったままのわたしに、印南くんがたたみかける。



「他に、誘える人もいないですし。もし柴咲さんの都合がよければ、付き合っていただきたいんですけど」



そう話す彼はいつもの淡々とした口調と無表情で、そこに他意は感じられない。

……ほんとに、普段お世話になってる矢野さんにチケットをもらったから、義理で行こうとしてるだけなんだなあ。

さっきは、“デート”だなんて言葉を使ってたけど。きっと印南くんの言う通り、単に他に誘う人がいないからって理由で、わたしに声をかけているだけなんだ。

それなのに、勝手にドギマギして……わたし、かなり自意識過剰じゃない?



「ん、大丈夫。行けるよ」



彼に倣い、なるべく感情を表に出さないように気をつけながら、わたしは答えた。

返事を聞いた印南くんは、「ありがとうございます」と言ってチケットをひらつかせる。



「これは、当日まで俺が持ってますね。クルーズが19時半からなので、18時半に朝日駅で待ち合わせましょうか」

「わかった」

「それじゃあ、詳しいことはまた後で連絡します」



相変わらず段取りがいい彼の言葉にうなずき、再び箸へと手を伸ばした。

印南くんはスーツのポケットからお財布を取り出して、その中にチケットを仕舞っている。


……なんだかあっさり決まった、印南くんとのデート。しかも、豪華客船でのディナークルーズ。

けどこれは、厳密にはデートとは言わないのかな。だって彼からすれば、普段からお世話になっている人に義理を立てただけなんだもん。



「………」



──ああもう、でも。

初めて、男の人とふたりきりで出かける。その事実に、自然とわたしの心臓は高鳴ってしまっていて。

ディナークルーズってドレスコードあるのかなあ、なんて考えつつ、家に帰ったらネットでリサーチしなくてはと、しっかり決め込むのだった。
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