ワケあり彼女に愛のキスを


そんな疑問を考え込んでいた舞衣に、隣から優悟が「まぁ、菊池よりは優しいかもな」とため息を落とす。
それを聞いてハッと我に返った舞衣が隣を見上げると、優悟がぼんやりとした顔で空を仰いでいた。

一回通路の塀と天井との間から見える空にはたくさんの星を覆うように雲が広がっていた。

「秀ちゃんだって優しいよ」
「部屋追い出されておいてどの口が言うんだか」

咄嗟に言い返せずに口を尖らせた舞衣に気付いた優悟が、それを見てふっと笑う。
その表情に……なぜか、先日の優悟の表情と声が思い出され、胸の奥がザワッとした。

『俺を、意識してくれよ……』
まるで、何かに必死で耐えるように歪められた瞳と、絞り出されたような悲しそうな声が。

今の優悟は微笑んでいるのに……そこに悲しさみたいなものを感じるのはなぜだろうと舞衣が思う。

あの事があってからの優悟は本当にそれまで通りで普通だし、あんな表情をしたのはあの時だけなのに。
だからなのか。あの時優悟が浮かべた表情も、苦しそうな声も……あの時の雰囲気も、背中にあたったドアの冷たさも、優悟のキスの熱も。部屋の明るさも、かすかに聞こえた隣人がドアを開閉する音も。

普通だったら記憶に残らないような事さえもが忘れられずに鮮明に舞衣の記憶の中に残っていた。

あれは、なんだったんだろう。なんで優悟はあんな事……。

それを考えると胸が余計にザワつき、気持ち悪さに舞衣が眉を寄せた時。カシャン……と小さな音がゴミ捨て場の方から聞こえてきた。
咄嗟に塀から顔を出したふたりの目に映ったのは――。


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