ワケあり彼女に愛のキスを


「あの後、どうしてもお礼が言いたくて待ち伏せしてお礼を言った時、北川さん、私の事好きだって、そう言ってくれたでしょう? だから、私……」
「いや……悪い。ちょっと思い出せない」

うっとりとした笑顔で言ってくる女に、優悟が片手で頭を抱えながら顔を引きつらせる。

優悟がこんな状態になるのも無理はなかった。本人の言うように本当に覚えがないのだから。

お礼を伝えるために女が待ち伏せしていた時。そんなの別によかったのにと言いながら、気にしなくていいからと足も止めずにマンションに入って行こうとした優悟の背中に、女が〝あの、私、もっと魅力的になりたくて……っ〟と、そしたら振り向いてくれますか、といったような事を伝えようとしたのだが。

マンションのエントランス前まで来ていた優悟との距離が割とあったため、その声は最後まで届かず、魅力的になりたいという願望だけを聞き取った優悟は、は?と顔を歪めながらも聞き返すのも面倒で。
〝あー。いいんじゃねーの〟と適当も適当に答えた。……面倒くさかったから。

それを女は、そのままでも充分魅力的だし好きだ、といった内容にとった……というのが、ふたりの間に生じている勘違いの発端だった。

そこからは、女は毎日日課のように優悟のマンションに通い、優悟の部屋の電気がついているのを確認すると、マンションの外から〝おかえりなさい〟などと呟き、脳内で恋人ごっこを楽しみ現実との境がなくなってきて今に至る……という事はとりあえず置いておいて。

さすがに、女とのやり取りを事細かに記憶しているわけではなかったが、好きだのなんだのとは言っていない事だけは分かっているため、優悟が「あー、まぁ、勘違いさせたんなら悪かった」と謝る。


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