痛々しくて痛い
店長は力強く自論を展開した。
「だから人事では20代30代を中心に、優秀な社員をそのメンバーに据えようと考えた筈よ。そんな中、その年代ではトップクラスの知識と技術を誇るであろう綿貫さんに、白羽の矢が立ったのは当然の流れという訳よ」
「えっ?そ、そんな、私なんて全然…」
「謙遜とか良いから。なんてったって綿貫さんは『花の13年組』だもの。しかも家政科大卒という付加価値もついてる。入社時からすでに上からの期待は大きかったと思うわよ。あなたを優秀と言わずして、他に誰を言うのよ」
「あ。でも、最初の段階で専門スキルがなくても、全く問題はないというお話でしたし…」
恐れ多いお褒めの言葉に大いに恐縮しながら、生意気にも反論してしまった。
私の勤務先である株式会社真々田屋は、布地や裁縫の材料、道具等を販売する会社である。
それらを用いて見本品を作成し、店内で展示、販売したり、手芸や編み物教室を開催したりもしていた。
創業は昭和30年。
群馬県前橋市内の小さな手芸用品店から始まり、ネットなど普及していなかった時代に口コミだけで『あそこに行けば何でも揃う』『どんな質問にも店員が親身になって答えてくれる』などと評判が広がって、木造平屋だったそこは数年後には3階建の鉄筋ビルになっていたのだった。
「だから人事では20代30代を中心に、優秀な社員をそのメンバーに据えようと考えた筈よ。そんな中、その年代ではトップクラスの知識と技術を誇るであろう綿貫さんに、白羽の矢が立ったのは当然の流れという訳よ」
「えっ?そ、そんな、私なんて全然…」
「謙遜とか良いから。なんてったって綿貫さんは『花の13年組』だもの。しかも家政科大卒という付加価値もついてる。入社時からすでに上からの期待は大きかったと思うわよ。あなたを優秀と言わずして、他に誰を言うのよ」
「あ。でも、最初の段階で専門スキルがなくても、全く問題はないというお話でしたし…」
恐れ多いお褒めの言葉に大いに恐縮しながら、生意気にも反論してしまった。
私の勤務先である株式会社真々田屋は、布地や裁縫の材料、道具等を販売する会社である。
それらを用いて見本品を作成し、店内で展示、販売したり、手芸や編み物教室を開催したりもしていた。
創業は昭和30年。
群馬県前橋市内の小さな手芸用品店から始まり、ネットなど普及していなかった時代に口コミだけで『あそこに行けば何でも揃う』『どんな質問にも店員が親身になって答えてくれる』などと評判が広がって、木造平屋だったそこは数年後には3階建の鉄筋ビルになっていたのだった。