欲しがりなくちびる
「そんなこと言って、朔なんてその歳で店任されてるだろ。入社して三年って、早い方なんだろ」

「そうなのかな。いいよ、私のことは」

アパレル業界は、傍が思うほど煌びやかな世界じゃない。

綺麗な洋服を身に着けてピンヒールを穿いて、筋肉隆々の配送業のお兄さん達が届けてくれる新作がぎゅうぎゅうに詰まったダンボール箱を一人で移動させることだって往々にある。その度に華奢なヒールに全体重が圧し掛かり、足の裏がビリビリと痺れて正しく針のむしろだ。

ノルマはなくても個人目標はあるし、キャバクラ嬢さながらの客の奪い合いをする子達だって珍しくない。

好きな仕事ではあるけれど、女だらけの職場は、兎角、余計な面倒事が起こりやすい小さな社会だ。

「なんだよ? 相変わらず分かんないやつだな」

浩輔は首を捻ると徐に立ち上がり、キッチンへ向かう。戻ってきた彼の手には発泡酒が二缶あり、片方を朔の顔の前に差し出した。

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