欲しがりなくちびる
言われてみれば、構図としてはおかしいのかもしれない。

柔かそうな腰までの髪を揺らし、こちらに右顔を向けてその場にしゃがみ込む少女の背後には、うっすらと影のような物が描かれているもののその空間は不自然なまでに空いていた。

透き通るようなブラウンの髪色ではあるけれど、その横顔はまるで――。朔は、さっと顔を青ざめさせる。 

「私は大嶋君のこの絵を見て、転科を決めたんです。こんなに才能に満ち溢れた人がいるのに敵う訳がない。でも、それはそれで正解でした。私は商業デザインのほうが合ってるみたいだし。……朔さん」

結子はそこで言葉を区切ると、真剣な眼差しをして朔に向き直る。

「私、今のマンションに越してきたばかりの時に一度大嶋君にはふられているんですけど、もう一度告白しようと思っています。……いいですか?」

ビー玉のように澄んだ眼差しの奥には、隠し持った強かさが見え隠れしているようだった。

「いいですかって……。どうして私にそんなこと聞いてくるの?」

こんなにも綺麗な顔をした小柄な彼女に挑発的に見上げられて心は胸騒ぎに震えている。その震えを声に乗せないことが朔にできる唯一の強がりだった。

「一緒に暮らしてるんでしょう? 色々あるのかなと思って」

‘色々’に含まれている意味は、尋ねなくても分かっている。浩輔が‘義理の姉’と紹介したことが、逆にヒントを与える結果になったのだろうか、それとも、彼女を牽制する意味で二人のことを話したのだろうか。

< 136 / 172 >

この作品をシェア

pagetop