欲しがりなくちびる
「それは結子さんと浩輔の問題だから、私に確認する必要はないんじゃない?」

結子を初めて紹介された時、朔は確かにそう思っていた。浩輔が傍にいてくれたら、それだけでいいのだと。でも今は、結子に対して綺麗事を言ってしまった自分を恨めしく思う。

「私から浩輔を奪わないで」とは、誰にも言えない。彼はものではないし、朔との間に確固たる何かは存在していないのだから。浩輔が最近何となく優しい気がするからって、何かしらの権利が朔に与えられた訳じゃない。

こんな話にならなければ、今日は結子と一緒に食事をして帰ろうと思っていた。けれども、何もなかったように彼女と顔を突き合わせてテーブルを囲むなんてできそうになかったから、予定があると言って途中で別れるしかなかった。

「朔さんて、意外と臆病なんですね」

別れ際、結子からそう言われた。宣戦布告と取っていいのだろう。

誰かに言われるまでもなく、自分が臆病者だということは分かっているつもりだ。これまでは、自分はどちらかといえば勇敢な方だと思っていたが、浩輔への気持ちに気付いてからの自分には、一番ふさわしい言葉なのかもしれない。

疑いようもなかった。

『見つめる少女』は、結子自身だ。彼女が気付いているかは別として、少女が醸し出すあの雰囲気は結子のものと似ている。

何か言いたそうにこちらを見つめる眼差し。

固く閉じた柔らかそうな唇。

少女のようでいて、全く綺麗な少年のようでもある、こちらを見つめる少女。

相馬は、浩輔が想いを昇華させて描いたと言っていた。浩輔は高校時代から結子を知っていた。それが単なる偶然とは、朔には思えなかった。

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