欲しがりなくちびる
「……浩輔?」

電気が点いたままのリビングに浩輔の姿はなく廊下に出ると、バスルームの扉の向こうから微かにシャワーの音が聞こえてくる。朔はほっと胸を撫で下ろして、そのまま廊下に腰を下ろす。トラウマになってしまったのか、誰もいない部屋に点いている電気は居心地が悪い。

シャワーの音はすぐに止んで、それから少しして浩輔が出てきた。

「朔っ?」

偶然を装うつもりで、浩輔が出てくる前に立ち上がるはずが一瞬遅れてしまう。彼は朔を見るなり驚いた顔をしてじっと見つめ返してくる。

「どうしてそんなところに座っていた? トイレ待ってたのか?」

どうしてと尋ねられても上手い言葉は思い付かない。だから、そうじゃないことだけを伝える。

「いつからそこにいたんだよ? 身体冷えてる」

そう言って朔の手をそっと取った浩輔の手のひらは温かくて気持ちがいい。そのまま腕を引かれて立ち上ると同時に抱き締められる。

「浩輔……? どうかしたの?」

朔は、スエット越しに感じる浩輔の熱に身を預けながら聞き返す。

「どうしたの、じゃねーし」

浩輔は少し声を荒げると、朔の腕を乱暴に引っ張り、投げ入れるようにしてリビングに放す。そして今度はじりじりと壁際に追いやる。

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